ケータイ辞書JLogosロゴ 下村(近世)


熊本県>鏡町

 江戸期〜明治22年の村名。八代郡のうち。熊本藩領。村高は,「寛永郷帳」1,462石余,「正保郷帳」も同高でうち田1,447石余・畠14石余,「天保郷帳」1,463石余,「旧高旧領」1,727石余。「肥後国誌」では野津手永に属し,高1,726石余,小村に牛ノ水村・中野村・田中村が見える。同書によると,路傍の清泉(伏流水)牛ノ水は不失水【うせぬみず】ともいい,延宝年間頃の旱魃で近村が涸渇した時,この水だけは涸れず,農民が牛を連れ来てこの水を飲ませたという。また天文年間開基という浄土真宗西派浄国寺,上有佐村光沢寺の本尊であったという観音堂を記す。熊本県,八代県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。明治7年下村学校設立,同8年2月の不就学童調では男は就学27・不就学32,女は就学1・不就学66(遠山家文書/鏡町史)。同13年学校を中島村字大坪に移転。明治9年の物産調では米3,000俵・粟35俵・麦250俵・大豆25俵・小豆3俵・唐芋3,500斤・芋120荷・綿90貫目・大根240荷・清酒44石余,藺表1万4,500枚・代1,624円,蓙3万3,000枚・代1,155円,櫨実318斤余(同前)。同年東京上野公園地内に内国勧業博覧会開催の際,藺表1枚・代20銭,座布団茣蓙2枚・代20銭を出品(同前)。同22年有佐村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7452142
最終更新日:2009-03-01




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