ケータイ辞書JLogosロゴ 立神村(近世)


熊本県>宮原町

 江戸期〜明治22年の村名。八代郡のうち。熊本藩領。村高は,「寛永郷帳」378石余,「正保郷帳」も同高でうち田255石余・畠127石余,「天保郷帳」385石余,「旧高旧領」730石余。「肥後国誌」では種山手永に属し,高712石余,小村に夕山が見え,神社は権現宮(六所権現)。安政6年の氷川洪水の際,大魔淵に沈んだ仁王像にあやかって身代仏を祀ったのが立神川祭りのはじまりと伝え,竹筒を藁菰で包み神酒を入れ,干魚を供え笹竹につるして橋の真ん中から氷川に垂れる行事で,川の災難から免れることを祈る。立神灰石は江戸期の石垣・道路・家屋土台石・河川根石に多く用いられ,石工たちが眼鏡橋や神社の鳥居などに使用した。熊本県,八代県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。明治8年河上村を合併。同10年の西南戦争では,旧河上村住民が政府軍に怪しまれ,集落が放火により全焼している。同22年宮原町の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7452638
最終更新日:2009-03-01




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