ケータイ辞書JLogosロゴ 津久礼村(近代)


熊本県>菊陽町

 明治9〜22年の村名。合志郡のうち。上津久礼村の一部と下津久礼村が合併して成立。白川県を経て,明治9年熊本県に所属。「郡村誌」によれば,田62町6反余・畑470町余,戸数280・人数1,554,牛5・馬237,日本形船3,水車5,字中屋敷に人民共立小学校があり,生徒数は男77・女32,物産は繭・米・大豆・小豆・裸麦・大麦・小麦・粱・蕎麦・菜種・甘藷・芋・煙草・鶏卵など,民業は農業240戸・質屋2戸・水車職5戸・大工1戸。同17年今石の白川畔急崖を切り開いて,熊本〜大分間を結ぶ県道が開通し,立田―津久礼―陣内―瀬田を結ぶ道路が,大津街道のにぎわいに代わることになった。しかし政争の結果,のち明治26年県道は大津新道に移された。明治22年津田村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7452784
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ