ケータイ辞書JLogosロゴ 寺小野村(近世)


熊本県>菊池市

 江戸期〜明治9年の村名。菊池郡のうち。熊本藩領。天正17年の検地帳(県立図書館蔵文書)では,高36石余うち田12石余・畠23石余。村高は,「寛永郷帳」37石余,「正保郷帳」も同高でうち田12石余・畠24石余,「天保郷帳」46石余,「旧高旧領」60石余。「肥後国誌」によれば深川手永に属し,「或云寺尾野」と見え,高45石余。文化・文政年間の深川手永手鑑によれば,高45石余,新地・御赦免開15石余,請免は28石余,竈数25・人数118,牛19,駄馬27(肥後藩の農村構造)。良質の楮麻を多く産した(菊池風土記)。寺尾山大円寺は,大日如来・釈迦・観音・愛染・不動・毘沙門像を安置し(国郡一統志),寛保年間頃成就院と称する僧がしばらく在住したこともあったが(菊池風土記),「肥後国誌」では廃跡となっている。愛染堂とも称した(続肥後国古塔調査録)。現在も小堂のみ残る。また今も残る墨染桜は朽ち枯れていたものをのちに植えたもので(肥後国誌),文政10年には墨染桜四百五十年忌があった(島屋日記/菊池市教育委員会蔵文書)。大円寺鎮守の八柱神社は,神像銘から寛文6年頃の創建とみられ,社殿は安永元年の再建という。このほか宝暦12年の田畑下名寄帳(県立図書館蔵文書)によれば樋ノ口に八幡宮があり,「菊池郡誌」には上寺小野八幡宮とあるが,昭和6年八柱神社へ合祀された。熊本県を経て,明治5年白川県に所属。明治9年竜門村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7452873
最終更新日:2009-03-01




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