ケータイ辞書JLogosロゴ 中野村(近世)


熊本県>鏡町

江戸期〜明治9年の村名八代【やつしろ】郡のうち中ノ村とも書き,小中野村,大中野村ともいわれた氷川下流南の沖積平野に位置する地名の由来は,沖積平野の中央部の野という意によるという熊本藩領村高は,「寛永郷帳」1,143石余,「正保郷帳」も同高でうち田1,118石余・畠24石余,「天保郷帳」1,147石余「旧高旧領」843石余「肥後国誌」では野津手永に属し,高839石余,「旧小犬中野村ト云,今略シテ中野村ト称ス,古八代郡六郷ノ内小犬郷ト云ル本村也ト云フ」とあり,小村に原田が見えるまた同書には当村のうちとして平島村が別記され,江戸末期までに同村を分村しているなお,原田村については,すでに中世に地名が見え,貞和2年12月日の相良頼氏軍忠状・相良惟頼軍忠状・税所宗円軍忠状に「十月二日,八代庄原田合戦之時」とある(相良家文書/大日古5‐1)神社は天満宮称讃寺にある口径105cmの梵鐘は延宝3年の鋳造で,一切経版木で著名な鉄眼禅師の銘を有し,明治初年宮原町神蔵寺が神仏分離によって廃される際に移されたもの(有佐村郷土史)熊本県,八代県を経て,明治6年白川県に所属同9年中島村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7453167
最終更新日:2009-03-01




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