ケータイ辞書JLogosロゴ 長野村(近世)


熊本県>菊池市

江戸期〜明治9年の村名菊池郡のうち八方ケ岳南麓,菊池川の支流迫間【はざま】川の中流左岸の中山間部に位置する地内から先土器時代の黒曜石の尖頭器が出土する熊本藩領村高は,天正17年の検地帳(県立図書館蔵文書)では高50石余村高は,「寛永郷帳」50石余,「正保郷帳」も同高でうち田29石余・畠20石余,「天保郷帳」52石余,「旧高旧領」69石余「肥後国誌」によれば深川手永に属し,高66石余また文化・文政年間の深川手永手鑑によれば,高66石余,請免は41石余,竈数19・人数68,牛10・駄馬22,産物は麻芋(肥後藩の農村構造)天保7年53年ぶりの大凶作に見舞われ,当村でも「いも切ト申田多作仕候処,三反半計リの処ニて籾壱斗八升計リ」と見え,わずかしか収穫がなかったが,翌年には3斗入13,4俵もとれたという(島屋日記/菊池市教育委員会蔵文書)鎮守の長野菅原神社は,懸札に「永禄四年 菊池郡長野荘大倉氏願主原田隆種」,神像背銘に「寛文四年 奉建立施主原田理右衛門尉」とある(菊池郡市神社誌)熊本県を経て,明治5年白川県に所属同9年竜門村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7453168
最終更新日:2009-03-01




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