ケータイ辞書JLogosロゴ 長浜村(近世)


熊本県>宇土市

 江戸期〜明治22年の村名。宇土郡のうち。熊本藩領。村高は,「寛永郷帳」115石余,「正保郷帳」も同高でうち田12石余・畠103石余,「天保郷帳」116石余,「旧高旧領」187石余。「肥後国誌」によれば郡浦【こおのうら】手永に属し,高186石余,小村に笠瓜村・浦村がある。同書は笠瓜村について,里俗の説として,往古景行天皇巡視の時,瓜を笠に盛って献じたことから村名が付いたと伝えると記す。天保8年の郡浦手永略手鑑(辛川家文書)によれば,高186石余,竈数58・人数335。神社に長浜神社(天満宮三社)がある。天文16年宇土城主名和行興が建立したと伝える。また南の山中に藩の牧山が広がる。寛政4年の雲仙岳(長崎県)爆発による津波では,高波をまともに受けて,流失家屋105軒・溺死390人の被害を受けた(熊本県潮害誌)。地内に文政13年建立の長浜邑想霊塔や明治24年建立の百回忌追吊塔がたっている。熊本県,八代【やつしろ】県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。「郡村誌」によれば,田11町1反余・畑50町2反余,戸数124・人数657,牛54・馬3,日本形船31うち200石未満50石以上5・50石未満荷船14・漁船12,字東に人民共立小学校があり,生徒数は男46・女19,物産は穀類のほか蘿蔔・薪・柴・釘・姥貝など,民業は農業112戸・鍛冶職1戸・漁業3戸など。同22年網田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7453171
最終更新日:2009-03-01




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