ケータイ辞書JLogosロゴ 原倉(近代)


熊本県>玉東町

 明治22年〜現在の大字。はじめ山北村,昭和30年玉東村,同42年からは玉東町の大字。明治24年の戸数205,人口は男492・女453。明治8年開校の原倉校は同22年も他校と合併しなかった。同36年原倉農業補習学校を併設。同37年山北・原倉・仁平笹および馬伏の国有林5町4反が払い下げられ,学校基本財産となる。大正7年玉水村から移住した中村重喜により果樹栽培振興が一段と促進される。昭和元年原倉農業補習学校が原倉農業公民学校と改称,同3年山北尋常小学校・原倉尋常小学校の両校を合併し山北尋常小学校と改称。同21年原倉に開拓団が入植した。同48年原倉境家の住宅が国重文に指定され,同52年菊水町瀬川に移築した。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7453586
最終更新日:2009-03-01




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