ケータイ辞書JLogosロゴ 役犬原村(近世)


熊本県>阿蘇町

 江戸期〜明治22年の村名。阿蘇郡のうち。江戸末期までに竹原村から分村して成立。熊本藩領。村高は「旧高旧領」738石余。「肥後国誌」では,竹原村のうちと見え,内牧手永に属し,高619石余,小村に中野村・堀端村・道尻村・道梅木村・新道尻村が記される。天保9年の村々調によれば,高675石,反別は田畑64町,竈数72・人数373,牛馬181(史料阿蘇2)。明和2年の阿蘇山噴火による大降灰と長雨後の大洪水によって西岳川沿いの道尻村が埋没し,細川氏に客分の処遇を受けて同地に住していた財津一族を含む同地の全住民が中野村へ移住した。移住後中野村は新道尻村といわれ,のち道尻村と呼ぶようになったという。「肥後国誌」は,道尻村の財津氏が当地に移住したことにより,当村を「里俗新道尻村ト云」と記す。東岳川に並行する古市谷の小川を境に,西に道目木(道梅木)村があり,財津一族が祀る五所の宮がある。霜宮には火焚神事があり,15歳未満の少女が7月7日〜9月8日まで火焼(火焚)殿にこもって日夜火を焚き続け寒霜が早く降りないよう祈願するという(肥後国誌)。当用水池として役犬原堤・今町堤・霜宮堤があった。熊本県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。同22年黒川村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7454405
最終更新日:2009-03-01




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