ケータイ辞書JLogosロゴ 安永村(近世)


熊本県>益城町

 江戸期〜明治22年の村名。上益城郡のうち。熊本藩領。村高は,「寛永郷帳」1,031石余,「正保郷帳」も同高でうち田471石余・畠559石余,「天保郷帳」1,040石余,「旧高旧領」1,554石余。「肥後国誌」では沼山津手永に属し,高1,543石余,氏神は権現宮(現安永神社)。同社は木山往還沿いにある。嘉永年間〜明治期に習字の寺子屋があり,生徒数は男15(県教育史)。熊本県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。「郡村誌」によれば,田33町2反余・畑126町5反余,戸数92・人数443,牛3・馬90,物産は米・大豆・小豆・裸麦・小麦・大麦・粱・菜種・蕎麦・甘藷・櫨実・鍬・鎌・包丁,民業は農業100戸・大工職2戸・鍛冶職1戸。同18年隣村馬水村駿河原に安永・馬水・惣領の3か村合同の駿河小学校ができた(広安小の百年)。明治22年広安村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7454423
最終更新日:2009-03-01




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