ケータイ辞書JLogosロゴ 久津良(中世)


宮崎県>高岡町

室町期から見える地名日向国宮崎郡のうち文明年間の「山田聖栄自記」に,島津元久の時のこととして「阿屋・本城・深利・飯田・くつら・池尻・白糸・細工ニ取つゝき」「敵ニハあや・深利・飯田・くつら辺まてハよもおもふ如くにハあらし」などとあり,当地は島津氏の勢力下にあったと思われるまた,天正19年の「日向国五郡分帳」には宮崎郡のうちに「一,久津良 六町」と見えるなお,慶長4年5月9日の廊之坊(潮崎稜威主)諸国檀那帳に「一,日向国……クツラノ出雲殿引」と見える(熊野那智大社文書5・広島県史古代中世資料編5)また江戸期に入ると,河上文書の慶長11年正月の日付をもつ文書に「久津良村浮免」と見え,その村内として「吹上」「山下之前」の地名が見えるが特定できないこれを最後に久津良の名は諸書に見ることはできなくなるなお,高岡郷郷士系図に慶長5年島津義弘が伊東氏に備えて久津良名内に天ケ城を築き,外城として高岡を設けるとあり,当地は現在の高岡町内山・五町・飯田の境を接する地域を中心とする一帯に比定される
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7460105
最終更新日:2009-03-01




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