ケータイ辞書JLogosロゴ 赤瀬川(近代)


鹿児島県>阿久根市

 明治22年〜現在の大字名。はじめ阿久根村,大正14年阿久根町,昭和27年からは阿久根市の大字。世帯数・人口は,昭和5年258世帯・1,169人,同25年404世帯・2,036人,同30年436世帯・2,072人,同50年730世帯・2,452人。明治22年国道が中央を南北に,鉄道は大正11年西海岸線沿いに開通。電灯は大正10年ごろから点灯した。昭和16年南国バスが国道を運行開始。昭和29年戦災復興都市計画の完了で,地区の南部が新設町の丸尾町に編入されたが,市街地周辺地域として市街地に接する国道両側に350戸の住宅団地が誕生し,山間地域の過疎化に反して人口増加の傾向にある。同38年全域に上水道給水が始まり,過疎化対策の導入企業として同48年にメリヤス工場が中部に進出して操業中。また官庁も阿久根警察署・国道事務所が共に南部国道3号沿いに移転した。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461104
最終更新日:2009-03-01




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