ケータイ辞書JLogosロゴ 安房村(近世)


鹿児島県>屋久町

 江戸期〜明治22年の村名。大隅国馭謨【ごむ】郡屋久島のうち。「薩藩政要録」によれば屋久島の本村の1つで,小村に尾間・原・麦生・船行・黒石野の5か村があり,「三国名勝図会」では吉田村の属村として見える。村高は15石余(旧高旧領)。船改所が置かれ,海上の見はり,船舶の出入を厳重に監視した(屋久町誌)。安房川は島中第一の大河で,集落は河口の5〜6町ばかり上流の西岸にあり,東岸には人家はない。当村の山林は島中で最良の木材を出す。宗社は村落の南にある盛久権現社で,祭神は主馬判官盛久。安房川の上流には中島権現社がある。寺院は法華宗本仏寺で,京都本能寺・摂津尼ケ崎本興寺の末寺(三国名勝図会)。尾之間ほか5か村の連合戸長役場が置かれた。同17年戸長役場の位置・区域名称改正があり,当村ほか下屋久一円の船行・麦生・原・尾之間・小島・平内・湯泊・中間・栗生の9か村の戸長役場が置かれた(県史)。明治13年設置された小学校は,同19年簡易小学校となる(県熊毛郡郡治要覧)。同22年下屋久村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461188
最終更新日:2009-03-01




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