ケータイ辞書JLogosロゴ 井具居田(中世)


鹿児島県>野田町

南北朝期から見える地名薩摩国山門【やまと】院のうち元弘3年と推定される針原久兼の私領注文に「合 一所はりわらの村 一所うちのの 一所やなきのくほ 一所いくいた 一所はかたのこたへ」とあり(入来本田氏文書/旧記雑録),室町期応永25年11月28日付の島津得仏(総州家守久)から筥崎八幡への寄進状に「薩摩国山門院之内井具居田〈七段〉新御堂筥崎八幡所奉寄進也」とある(伊久一流系図守久譜/同前)時に島津氏は総州家と奥州家が分立して抗争中であり,総州家は薩摩国を固守し,山門院西方はその本貫の地であった野田町大字上名地内,野田川沿いの高尾野町に境する地に井杭田の地名が残る
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461204
最終更新日:2009-03-01




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