ケータイ辞書JLogosロゴ 市比野村(近世)


鹿児島県>樋脇町

 江戸期〜明治22年の村名。薩摩国薩摩郡樋脇郷のうち。村高は,「天保郷帳」2,769石余,「旧高旧領」2,560石余。慶応4年調では,郷士家部数20,門高2,571石余・門数82(竈数257),中宿29戸,人口総計1,066(樋脇村史)。郷士は当村内にほとんど居住しておらず,中世以来純農業村で,物産として米・麦・粟・蕎麦・甘藷・楮などがある。宝永年代に藩主島津光久の勧奨で北部市比野川沿いに温泉浴場が設置されてからは,「能く疝癪及び脚気等の諸病を治す」(三国名勝図会)といわれ逐年温泉場として有名になる。殊に,明治初年南部の旧藩有山林地が郷有となってから,材木伐採労働のため温泉地の戸口が急増し,市比野川舟運も活況を呈した。しかし,木材切出しの終了と同時に再び純農山村にもどる。寺院には,曹洞宗玄豊寺がある(三国名勝図会)。「県地誌」によれば,戸数518,人口2,169,うち士族395・平民1,774,牛368・馬538。日本形船8,公立小学校は東北部にあり生徒数男70,戸長役場も東北部にあり,物産としては米・麦・粟・蕎麦・甘薯・製茶・楮・煙草。明治22年樋脇村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461275
最終更新日:2009-03-01




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