ケータイ辞書JLogosロゴ 上籠(中世)


鹿児島県>喜入町

鎌倉期から見える地名薩摩国給黎【きいれ】院のうち寛喜元年9月5日関東下文・同年10月6日六波羅下文によれば,伴保久は「泉庄弁済使下司・給黎院郡司職并上籠・石村両村」の領知を安堵されたこれは,とくに給黎院の所職・所領について池田平次師忠の濫妨があったので,その停止を求めて与えられたものであった(和泉氏文書/旧記雑録)嘉元3年4月6日鎮西下知状によれば,阿多郡北方地頭二階堂氏は「弘安四年蒙古合戦勲功賞」として院内「上籠里」の田地5町その他の配分を受けた(阿多郡史料/県史料集)南北朝期に入って延元4年6月村田輔阿闍梨如厳軍忠状によれば,如厳は伊集院忠国の手に属して,島津豊後守実忠代官の守る「給黎院上籠・網屋二ケ所城」を攻め落とした(村田家文書/旧記雑録)上籠城址は喜入町中名の淵田にある
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461350
最終更新日:2009-03-01




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