ケータイ辞書JLogosロゴ 大川村(近世)


鹿児島県>阿久根市

 江戸期〜明治22年の村名。薩摩国出水郡阿久根郷のうち。江戸初期の村高は302石余,志なし・うしのはま・大河という集落名が見える(旧記雑録)。文化6年の村高559石余,門数20(阿久根市誌)。「旧高旧領」では808石余。山間地のため耕作地は乏しい。1門内の名頭・名子の組合わせは大方名頭1に名子3で,1名頭・1名子の家族構成には時に60数名の大家族が見られた(阿久根の古文書)。海岸沿いに起伏に富んだ街道が南北にのび,北部の牛之浜は文政元年西国巡遊中の頼山陽が阿隅嶺【あぐね】の詩を詠んだ場所である(のち昭和27年同地に頼山陽詩碑を建立)。また,牛之浜では焼いて水田の除蝗剤とした大理石や瑪瑙石を産出した(三国名勝図会)。神社には霧島権現社・八幡社などがある(同前)。藩が禁止した一向宗信者が多く,摘発に遭った受刑者の記録も多い(阿久根市誌)。「県地誌」によれば,戸数827・人口3,924,牛76・馬626,漁船等69,小学校は中央部にあり生徒数男のみで121,農業が中心で漁業・工業を兼業する戸数がそれぞれ約50,産物としては米・麦・甘藷・文旦・実綿・アワビ・トコロテン・石灰など。明治22年阿久根村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461440
最終更新日:2009-03-01




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