ケータイ辞書JLogosロゴ 鹿籠村(近世)


鹿児島県>枕崎市

 江戸期〜明治14年の村名。薩摩国河辺郡鹿籠郷のうち。当村は,享保13年「大御支配次第帳」では「鹿籠村召立……此跡は椨川村里村別府村と三か村にて候処,此節鹿籠一か村に成」と見え,享保内検のときに1か村に統一されたものとも思われるが,「元禄郷帳」ではすでに鹿籠村1か村として見える。村高は,「郡村高辻帳」「天保郷帳」では5,639石余,「旧高旧領」では2,790石余。藩の三大金山の1つともいわれた鹿籠金山は,北部山間にあり,天和3年有川夢宅が発見したといわれる。藩は喜入氏領の同地区(周囲1里余)を加世田郷中山地区と替えて藩直轄地とし,金山経営に当たった。宝永のころが同金山の最盛期で,青金の年産量は15〜16貫,「長崎から遊女数十人も招かれ,人々皆銭を礫の如くに費して,その繁華なること言語に絶した」といわれる(枕崎市史)。寺社には,真言宗神護院,曹洞宗長善寺,田原【たばる】にあり文安元年伊集院照久が加世田郷内宇敷山頂から遷座したと伝える諏訪上下大明神祠,妙見宮,山之口の九玉大明神祠,中原の鎮守神祠などがある(三国名勝図会)。明治2年からは南方郷のうち。同年国見岳以東が別府村として当村から分村。同14年当村は東鹿籠・西鹿籠・枕崎の3か村に分村。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461576
最終更新日:2009-03-01




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