ケータイ辞書JLogosロゴ 草道名(中世)


鹿児島県>川内市

 鎌倉期〜室町期に見える名田名。薩摩国高城【たかき】郡のうち。建久8年の薩摩国図田帳に,島津荘寄郡高城郡255町のうちとして「草道万得十五町〈嶋津御庄論〉名主紀大夫正家」とある。その後,名主職は正家の子孫に伝承され,地名によって「草道」を名乗るものを生じたが,やがて地頭渋谷高城氏の支配下に移ったとみられる。応永12年4月29日付の高城真仏譲状,永享10年3月14日付の河内守重政譲状の中に,「新関壱町草道名内在」とある(大口高城氏文書/旧記雑録)。下って慶長4年の豊臣五大老連署の知行目録には「七百拾七石余,草道村」とあり,村名となっている(島津家文書3/大日古)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461861
最終更新日:2009-03-01




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