ケータイ辞書JLogosロゴ 楠川村(近世)


鹿児島県>上屋久町

 江戸期〜明治22年の村名。大隅国馭謨【ごむ】郡屋久島のうち。「薩藩政要録」によれば宮之浦村の小村,「三国名勝図会」では吉田村の属村に見える。村高は16石余(旧高旧領)。島内各村同様藩から一定数の鉄砲の割り当てがあり,定期的に持主を確認する鉄砲改が行われた。結果は屋久島奉行から鉄鉋改奉行所へ報告され,早いものとしては元禄9年のものがある(楠川文書/南日本文化)。鎮守は天満神社。寺院は法華宗本蓮寺で島内の久本寺・本寿寺・本隆寺・本仏寺・顕寿寺の末寺(三国名勝図会)。物産は硯石・海馬。海馬は小馬に似た海獣で,首は馬,身体は魚で鱗はなく,時々上陸して人家の糠を食うことがあるが危害を加えることはなく,味はよく鰹節のように保存食ともなり,琉球では珍重され清国への貢物にしたという(地理纂考・三国名勝図会)。この海獣は儒艮【じゆごん】かとも思われる。明治6年の戸数93・人口474(南日本文化)。明治11年小学校設置(県熊毛郡郡治要覧)。同22年上屋久村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461884
最終更新日:2009-03-01




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