ケータイ辞書JLogosロゴ 口之永良部島村(近世)


鹿児島県>上屋久町

 江戸期〜明治22年の村名。大隅国馭謨【ごむ】郡屋久島のうち。永良部村・口永良部村とも呼ばれる(天保郷帳・地理纂考)。「薩藩政要録」では,「屋久島之内」と見え,「三国名勝図会」では屋久島の本村の1つで属村はない。村高は,「天保郷帳」では142石余。「県史」によれば享保11年・天明7年・文政9年・弘化4年・嘉永2年ともに184石余で,すべて島役扶持米として払うことになっていた。「薩藩政要録」では,所惣高184石余,用夫89。「要用集」によれば,所総高184石余,用夫80。島の広い野原を利用し数百頭の馬が飼われていた。島の南西には良港があり,琉球諸島から上下する船は必ずこの港に停泊したという(三国名勝図会)。安政4年から甘蔗作が始まる(県史)。明治11年設置された小学校は,同19年簡易小学校となり,同20年には金岳【かながたけ】簡易科と改称(県熊毛郡郡治要覧)。同22年上屋久村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461890
最終更新日:2009-03-01




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