ケータイ辞書JLogosロゴ 柊原(近代)


鹿児島県>垂水市

 明治22年〜現在の大字名。はじめ垂水村,大正13年垂水町,昭和33年からは垂水市の大字。農業を中心とし,海岸地帯や上之原台地では,麦・粟・甘藷などを生産し,鬼山地区周辺では,御料煙草の生産も行われていた。一方畜産も盛んで,特に種牛としての肥育が盛んであった。また,鬼山や軽砂方面では漁業も盛んで,地曳網漁なども行われていた。第2次大戦直前は人口増が著しく,人家も密集していたため,大火の災害も多かった。昭和18年,垂水海軍航空隊の開設により,鬼山地区は全戸移転したが,第2次大戦後再び集落も復興した。同20年8月の戦災で,航空隊の兵舎とともに,ほとんどの人家が焼失したが,人々の努力によって,数年を要せずして復興した。また,当地一帯の海岸地帯では,第2次大戦後製塩業が盛んとなり,戦災復興に大きな経済的役割を果たした。一方,第2次大戦前から行われていた紬織業も復活し,これまでの手織りの機織から自動織機による工場生産も行われるようになった。また,上之原台地も耕地整理が行われ,自動車による運搬や機械力を利用した農業生産が営まれるようになり,キヌサヤエンドウをはじめとする蔬菜園芸が盛んとなってきた。また,漁業も船や装備の近代化に伴い,鹿児島湾内のみならず,外洋まで出漁するようになり,大型船の係留のため,漁港の建設も進められている。陸上においても,航空隊跡地に,県水産試験場垂水増殖センターと栽培センターが建設され,マダイなどの増殖や栽培漁法の研究が進められている。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461901
最終更新日:2009-03-01




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