ケータイ辞書JLogosロゴ 栗生村(近世)


鹿児島県>屋久町

 江戸期〜明治22年の村名。大隅国馭謨【ごむ】郡屋久島のうち。「薩藩政要録」によれば屋久島の本村の1つで,小村に中間・湯泊・平内・小島・椎野・恋泊の6か村がある。「三国名勝図会」でも屋久島の本村の1つで,属村に麦生・原・尾野間・小島・恋泊・椎野・平内・湯泊・中間の9か村がある。村高は,「天保郷帳」では267石余,「旧高旧領」では107石余。船改所が置かれた。鎮守は葉山神社。寺院には京都本能寺・摂津尼ケ崎本興寺末の法華宗本寿寺がある(三国名勝図会)。物産は珊瑚・珊瑚砂・海馬。海馬は海上に産し,小馬に似た海獣で,首は馬,身体は魚で鱗はなく,上陸して人家の糠を食うこともあるが危害を加えることはない。稀に村民は鉄砲で射ち取り,肉を焦し鰹節のように保存した。琉球では珍重し清国への貢物にしたという(地理纂考・三国名勝図会)。この海獣は儒艮【じゆごん】かと思われる。栗生ほか5か村の連合戸長役場の所在地で島南部の行政の中心であった。明治13年に設置された小学校は,同20年尋常小学校となる(県熊毛郡郡治要覧)。同22年下屋久村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461927
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ