ケータイ辞書JLogosロゴ 黒木村(中世)


鹿児島県>祁答院町

 室町期〜戦国期に見える村名。薩摩国祁答【けどう】院のうち。応永7年12月21日付の渋谷重茂避状に「祁答院内中津川名并黒木村事」とあり,当村は渋谷祁答院氏の所領であったが,領主祁答院7代重茂が中津川名(薩摩町中津川)と当村を同族の入来院重頼に避渡している(入来院氏文書/旧記雑録)。次いで,同10年12月13日付の渋谷重頼宛の島津元久契状には「東郷者𨨞淵并黒木・見成河」と見える(同前)。戦国期に入り島津氏と渋谷氏は激しく抗争し,当村にも戦火が及んだ。「文明記」によると文明17年9月15日,大村城(祁答院町下手)を攻めた帖佐領主島津忠廉(子孫黒木領主)の軍により,「黒木・中津川其外在々所々」が放火により焼き払われている(同前)。その後文禄4年の三州内所替により,北郷時久が宮之城【みやのじよう】領主となると,当村はその領有となり,慶長5年北郷氏の都城(宮崎県都城市)復帰後は,島津忠長(宮之城島津家)の所領となり近世に及んだ(黒木郷史)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7461941
最終更新日:2009-03-01




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