ケータイ辞書JLogosロゴ 拾町村(近世)


鹿児島県>開聞町

 江戸期〜明治22年の村名。薩摩国頴娃【えい】郡頴娃郷のうち。村高は,「天保郷帳」1,060石余,「旧高旧領」1,241石余。西部に脇浦があり,「三国名勝図会」では「馬水川の海口なり,塩田ありて頗る広く且人家多し,此浦は開聞岳の西麓にあり……又此浦より登岳の路通し,且開聞社を距ること近くして半里許ある故遊覧の人多し,浦畔に諸海湾あり」と見える。また,同浦には異国船遠見番所が置かれた(薩藩政要録)。中央東部にある枚聞【ひらきき】(開聞)神社は薩摩国一ノ宮で,本殿宗祀三座(国常立尊・大日霊貴・猿田彦大神)のほか合殿配祀八座(天忍穂耳尊・天穂日命・天津彦根命・活津彦根命・熊野大隅命・田心姫命・湍津姫命・市杵島姫命)をそれぞれ祀る。航海安全を祈願する海神として,奄美・琉球をはじめ広く崇敬を集め,藩主島津氏もしばしば社殿の修築を行っている。同社は9月9日の正祭のほか,年中15回の祭祀があり,また,江戸初期には社領206石を有した。別当寺は真言宗瑞応院,このほか往古から修練場とされている開聞北麓窟がある。当村の脇浦,仙田村の川尻浦を中心に設楽曲【したらぶし】・ションガ曲などの歌謡が伝わっていた。「県地誌」によれば,戸数384(うち工12・商15・漁47),人口1,743(士族231・平民1,512),牛326・馬245,日本形船27(荷船5・漁船22),溜池1(中央部にある周囲4町6間の山崎溜池),小学校は中央部にあり生徒数男80,物産としては米・麦・粟・大豆・蕎麦・甘藷・麻・茶・煙草・菜種・楮皮・生蝋・蜂蜜・食塩・乾魚・鰹節・鱶鰭・花菜・干鰮など。明治22年頴娃村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7462211
最終更新日:2009-03-01




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