ケータイ辞書JLogosロゴ 志布志村(近世)


鹿児島県>志布志町

 江戸期の村名。志布志郷のうち。西部を前川が南流し,河口右岸に津口番所があり,番所の200m上流に船着場があって荷揚場の大通りが町麓境となっていた。港は出物蔵・下代蔵への諸県地方の貢租米の搬入,廻船による積み出し,その他の物資の流通でにぎわい,貨幣経済が早くから発達していた。この浦・野町の繁栄により当村はやがて商業区の町畠村と農村の帖村に分村する。宝暦11年の上使返答覚を見ると,志布志衆中409家内・2,027人,町404家内・1,478人,門前144家内・528人,帖村45家内・278人,石高で郷士持高3,346石余・町畠484石余・帖村361石余とそれぞれ区分されている(志布志肝付文書)。天明3年の「志布志記」にも町畠村・帖村と見えるが,寛政10年には町畠村に浦役を置き,内之倉村庄屋を兼ねる庄屋を帖村に置くという行政区分がなされ明治初年まで続く。村高は,「天保郷帳」では2,013石余。寺社には,律宗宝満寺,臨済宗大慈寺,真言宗丈陸寺・同宗明星院,曹洞宗永泰寺,時宗海徳寺,若宮神社,笠祇大明神社がある(三国名勝図会)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7462234
最終更新日:2009-03-01




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