ケータイ辞書JLogosロゴ 瀬崎野牧(中世)


鹿児島県>阿久根市

戦国期に見える牧名薩摩国和泉【いずみ】郡のうち阿久根市脇本の笠山を中心に脇本から高尾野町江内にまたがる丘陵地一帯に位置するその創設は明応6年とされているが(県史),牧場の存在は鎌倉末期にさかのぼる元弘3年12月18日付の島津道鑑書状には「里多尾為牧内哉否事」を論じた一条があり,そこには「瀬浦・賀志浦・里里(ママ)多尾・脇本・宇波崎・塩屋崎・尾嶋,小名者皆替て候へとも,何も牧内立鹿倉にて候」とある(道鑑公御譜/旧記雑録)同書状所出の地名のうち,里多尾は未詳だが,加志浦は脇本地内の槝之浦,宇波崎は江内地内の柳が水付近であり,瀬崎野には貞久の頃,すでに牧が設置されていた薩州家の時代には瀬崎野は有数の牧となっており,「上井覚兼日記」の天正2年9月1日条に「九月一日,如常出仕申候,従和泉(島津義虎)瀬崎之馬追被成候,無尒々候へとも駒一疋進上之由御申候」と見え,瀬崎野で名馬を生産していたことが知られ,天正11年1月13日条にも「今朝又太郎殿(島津忠辰)より瀬崎野之駒預候」と見えるまた朝鮮役で豊臣秀吉の蔵入地となっていた出水郡が,慶長4年島津氏に賞賜された直後の慶長4年2月7日付島津忠恒掟書では「一瀬崎野・いつミ野・あく禰野・なが嶋野・網津野牧之事,如前々これをとりたつへきの条,野馬あらくあたる間敷候,可令馳走事」と瀬崎野牧を第一にあげている(旧記雑録)江戸期にも長島牧とともに瀬崎野牧は,鹿児島藩四十八牧の1つとして役馬・乗馬を生産した「三国名勝図会」には,「馬五百余頭を畜ふ」と見える
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7462413
最終更新日:2009-03-01




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