ケータイ辞書JLogosロゴ 高橋村(近世)


鹿児島県>加世田市

 江戸期〜明治22年の村名。薩摩国阿多郡田布施郷のうち。村高は,寛文4年1,317石余(郡村高辻帳),享保7年1,552石余(金峰町郷土史),安永7年1,567石余(御治世要覧),「天保郷帳」では1,317石余,慶応4年には1,257石余(金峰町郷土史),「旧高旧領」では1,262石余。慶応4年の百姓戸数82・人数385,用夫122(金峰町郷土史)。寺院は宝光山紹聖寺(伊作の臨済宗多宝寺の末寺)と医王山瑠璃光院平井寺(真言宗金蔵院の末寺)。宝光山紹聖寺は,建長元年阿多北方地頭となった二階堂家の菩提寺であり,二階堂家には近世には鹿児島藩家老二階堂行旦がいる。また,紹聖寺や平井寺で寺子屋教育が行われたという。明治11年多夫施小学校の分校として,高橋小学校が開校し,生徒数は同17年男子57人,同18年53人(男子50・女子3),同年多夫施小学校に統合された(金峰町郷土史)。「県地誌」によれば田畑108町歩余,戸数266(士族79・平民184・社人3),人口1,288(士族429・平民859),主産業は農業,兼業のものは商業22戸・工業41戸・漁業9戸で,物産は米・麦などの穀類と魚介類。明治22年田布施村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7462498
最終更新日:2009-03-01




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