ケータイ辞書JLogosロゴ 鶴田(中世)


鹿児島県>鶴田町

 室町期から見える地名。薩摩国祁答【けどう】院のうち。文明6年の行脚僧雑録に祁答院分として見える(旧記雑録)。下って,天文14年10月18日付の祁答院松尾寺興弁置文に「有屋敷に五郎右衛門卜云者,靏田名鍋巣之老名之子ヲ聟ニ取也」とある(入来文書)。また,「上井覚兼日記」天正4年8月18日条によれば「図書頭殿(島津忠長)・中務少輔殿(同家久)御両人召烈候衆」のうちに,当地の衆があった。その後,天正15年5月25日付の一柳伊豆守宛秀吉朱印状に「去月十六日之書状,今月廿五日於薩州鶴田到来披見候」と見える(一柳文書/国会貴重書解題)。文禄4年都城の北郷時久が祁答院地方に移封された時の,鶴田の高は883石6斗4升8合6勺とされている(御秘文雑集)。なお,年未詳の渋谷良重并家臣目録には「鶴田ノ城主 鶴田左馬介」と見える(入来文書)。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7462690
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ