ケータイ辞書JLogosロゴ 塔之原村(近世)


鹿児島県>樋脇町

 江戸期〜明治22年の村名。薩摩国薩摩郡樋脇郷のうち。村高は,「御秘文雑集」では北郷宗次郎(三久)分領として3,822石余(天保郷帳も同じ),「旧高旧領」3,358石余。慶応4年調では,郷士高1,112石余・郷士家部数252,門高3,406石余・門数72(竈数142),野町10戸,中宿9戸,その他50戸(樋脇村史)。樋脇郷の地頭仮屋は当村に置かれ,仮屋を中心に麓・野町が形成されていた。また,江戸期において樋脇郷士のほとんど全員が当村内に居住しており,この郷士配置は明治以後まで樋脇郷・村政に影響を与えた。寺社には,万治2年樋脇郷設置の際入来【いりき】郷より移転した真言宗瑠璃光寺,同時期入来郷裏之名村の慈光寺を移転し門前の樋脇川の流れによって寛文3年改称した曹洞宗玉淵寺,郷の総社である一之宮大明神社,諏訪上下大明神社,若宮八幡社,三島大明神社,天子大明神社,穂永大明神社などがある(三国名勝図会)。「県地誌」では,戸数608・人口2,900,牛278・馬611。日本形船50石未満23,公立小学校は中央にあり生徒数男200・女20,戸長役場・郵便局も中央にあり,物産としては米・糯米・小麦・裸麦・粟・甘薯・大豆・蕎麦・実綿・麻・繭・製茶・葉煙草・楮皮・紙。明治22年樋脇村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7462723
最終更新日:2009-03-01




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