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- 野神村(近世)とは
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![]() | 野神村(近世) 江戸期~明治8年の村名添下郡のうち野上村とも書く(大和志)「寛文郷帳」には西大寺ノ内野神村とあり,古くは西大寺村のうちに含まれていたのであろう地名の由来は,五穀の豊穣を祈るために設けた神社の名によるか旗本石河氏知行なお,「旧高旧領」では西大寺村のうちの石河氏知行分を当村のうちに含めている同帳に郡山藩領・西大寺領とあるのは誤記であろう村高は,「慶長郷帳」「寛文郷帳」「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに87石余,「旧高旧領」225石余慶応3年の村明細帳では,反別7町8反余,用水は上之池・下之池・新池・居茂治加池・外大門川・向川を利用,家数は西大寺と合わせて26,牛9慶応元年3月以降長池宿の助郷に命じられ,同2年12月までに西大寺村と合わせて延べ394人が従事している明治5年の飼牛取調書上帳には牛11とある同8年西大寺村の一部となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」