ケータイ辞書JLogosロゴ 野間(中世)


鹿児島県>笠沙町

南北朝期から見える地名薩摩国加世田別符のうち永和元年10月1日付の伊作荘別符(加世田別符)半分坪付注文に「一のまかたわら」と見え,明徳4年11月27日付の坪付注文にも「一のまかたハラ」と見える(伊作家文書/旧記雑録・伊作荘史料)下って「上井覚兼日記」天正3年11月28日条によれば,覚兼は,その中間蔵允の下人源三郎が「野間へ商売罷越候時」,一宿したところで野間の老名の下人を盗取したと,野間神社座主猿渡氏(加世田地頭)から訴えられていたので,この日その処置のため鹿児島から領地永吉(日置【ひおき】郡)に下った翌日加世田へ使者をやり,示談の申し出のあったのを断り,下人を加世田に遣わすのでこれから直接事情聴取するよう伝えたが,地頭は鹿児島に出て不在であったので,使者は空しく帰ってきたという笠沙町片浦のうち野間岬の地
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463026
最終更新日:2009-03-01




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