ケータイ辞書JLogosロゴ 般若寺(中世)


鹿児島県>吉松町

 戦国期に見える地名。大隅国のうち。永禄10年,島津義久は菱刈氏を攻めて馬越城を陥れたが,この時の状況について「箕輪伊賀自記」に「此度小林立ト披露シテ御馬ヲ出サレケレハ,数万騎ノ軍兵横川ヲ打通ル,菱刈見之,時ヲ不移,此由伊東・相良ニ告知ラス,我身ノ上ト不知ケルソ愚ナレ,兵法ニ云,虎ノ泪(洞)ヲ出ル,東辺ヲ打テ西辺ニ行ト,軍勢道ヲ引替,般若寺構子木越ニ発向シテ,同十一月廿四日ノ旱天ニ馬越ノ城へ押寄」「菱刈方横川・湯尾ナトコソ薩摩口ナレハ,密々ニ用心シケリ,般若寺・構子木越ノ逆戸下シ,思ヒ掛モナカリケル,馬越ノ一城落ケレハ,難叶ヤ思ヒケン」と見える(旧記雑録)。その後,「上井覚兼日記」天正12年3月16日条に「十六日,早朝本路より打立候,般若寺町にて敷禰越中守殿吾々へ御酒振舞也」と見える。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463095
最終更新日:2009-03-01




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