ケータイ辞書JLogosロゴ 別府(中世)


鹿児島県>野田町

鎌倉期に見える地名薩摩国山門【やまと】院のうち弘長2年3月9日付で山門院郡司秀忠から三女虎王へ与えた「やまとのゐんのうちのてんはくら」の譲状に「へふ しゝ,北ハうしくひ里より山ミち,南ハ田ふち,東ハおほちさかりの溝くたり松もと田并のたのむらの道,西ハあつかりをの大道」とあり,「へふ」の四至が示されている(旧記雑録)また弘安11年5月21日付,別府・多田両名主代行蓮請文に「つねみのれいりうようのめむてんの事 やまとのゐんのつのりあし七石五斗のうち,へふ・たゝのふん,そうりやうのきりふにまかせて,八ふん一のそたうまい,いちねんのふん九斗三升七合五勺にあひあたり候」と,へふ(別府)・たた(多田)の名が見える(水引執印文書/旧記雑録)現在は別府は野田町,多田は阿久根市域に入る前文書で知られるように「へふ」は野田町上名にある現在の地名「別府」とはその領域が相当に広がっており,四至の北「牛喰里」は出水市内平和町のあたりであるまた四至の東には「松もと」が見えるが,これは高尾野町下高尾野に近い野田町下名地内の小字松元が遺称地かこの松元(本)については,下って文明10年10月15日付の薩州家島津国久の感応寺への寄進状に「山門院西方之内水田松本三段之事」と見える(感応寺文書/同前)
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463320
最終更新日:2009-03-01




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