ケータイ辞書JLogosロゴ 細山田村(中世)


鹿児島県>串良町

 南北朝期〜戦国期に見える村名。大隅国肝付郡のうち。文和2年の根占園林寺の磬【けい】の銘中に「串良細山田村」とあるのが初見。下って戦国期には,文禄4年6月29日の豊臣秀吉朱印状案に肝付郡のうちとして「弐百斛 細山田之村」と見え,当村の200石が細川藤孝の知行分となっている(島津世禄記巻4/入来文書)。なお,南北朝期の元徳3年6月の建部清武申状案に細山田右衛門入道々念子息犬王丸の名が見える(禰寝文書)。当村の在地領主と考えられる。また,観応2年8月の禰寝清種軍忠状に楡井頼仲の与党人として見える細山田三郎も同様であろう。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463331
最終更新日:2009-03-01




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