ケータイ辞書JLogosロゴ 細山田村(近世)


鹿児島県>串良町

 江戸期〜明治22年の村名。大隅国肝属郡串良郷のうち。村高は「天保郷帳」によれば762石余,「旧高旧領」によれば1,466石余。神社には村社山宮神社,霧島神社がある。寺院には光林寺・善門寺があり,開基・宗派不明。北原城跡がある。中世においては地内は串良・高隈の一中心をなしていた。南部の台地は地下水が深く,水を取得することが困難であったため,ながく自然のままに放置されていたが,近世末になって開発が行われるようになった。藩の家老などの高級士族により伊集院堀・鎌田堀・花岡堀・財部堀が,高級郷士により竹下肥後堀などが開発された。堀名は開発者の姓をとったものである(笠野原における藩士開発新田)。堀は自己の開発領域の周辺に土手(堀)を築き,その上に竹や木を植え,その内部に耕地と集落があった。住民は竹下肥後堀以外は,ほとんど下級士族で構成される開拓主の家臣団で,生活に必要な水は深井戸から採取した。井戸の深さは50〜70mぐらいあり,つるべの綱を牛にひかせて水汲みをした。この地域では,水汲みは共同でなければ行うことができなかった。土地広大で焼畑が多く,土質が悪い上に旱魃や風害にあいやすく,生産は不安定であった。また風が強いため,集落は四面厳重な屋敷森に囲まれていた。明治22年西串良村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463332
最終更新日:2009-03-01




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