ケータイ辞書JLogosロゴ 百引村(近世)


鹿児島県>輝北町

 江戸期〜明治17年の村名。百引郷のうち。「三国名勝図会」では南方村として見える。村高は「旧高旧領」では2,475石余。郷社利神社は,図師豊前守祐貞が養和元年に勧請したと伝えられる。はじめ下百引にあったものが明治18年上百引の現在地に移転,明治末期まで浜戸下りの行事が行われていた(輝北町史)。ほかに神社には諏方大明神社・大王社・石牟礼大明神社,寺院には百引郷の祈願所であった真言宗坊津【ぼうのつ】一乗院末の宝円山千手院丸山寺,寛正2年,巨海宗印により開山された曹洞宗天真派清水楞厳寺末の慧日山般若寺があった(三国名勝図会)。「地理纂考」によれば,野猪・鹿などを産した。明治17年上百引村・下百引村に分村。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463536
最終更新日:2009-03-01




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