ケータイ辞書JLogosロゴ 山崎(中世)


鹿児島県>宮之城町

 室町期から見える地名。薩摩国祁答【けどう】院のうち。寛正5年の平徳重覚書(山崎氏文書/旧記雑録)に祁答院内の他の地名と並記されて見え,検田が施行されたことがわかる。文明6年の行脚僧雑録(旧記雑録)にも祁答院分として当地名が見える。文明17年に島津氏と祁答院の渋谷氏が戦ったいわゆる文明の大合戦の折には,「文明記」(同前)の9月8・12日の条にその名が見え,さらに「上井覚兼日記」の天正4年8月18日の条では山崎衆が忠長・家久に召し列せられている。天正8年8月19日の「肥後合戦御陣立日記」(旧記雑録)には,諸地頭衆のうちに「山崎 野村兵部少輔殿」とある。文禄4年に都城の北郷時久が祁答院地方に移封された時の,当地の高は727石2斗3升9合2勺であった(御秘文雑集)。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463567
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ