ケータイ辞書JLogosロゴ 吉田郷(近世)


鹿児島県>吉田町

 江戸期〜明治22年の郷名。薩摩国鹿児島郡のうち。鹿児島藩直轄領,外城の1つ。はじめ,佐多之浦・本城・宮之浦・本名の4か村からなるが,のち佐多之浦村が東・西2村に分村したため5か村となる。また,元文2年佐多之浦村の触田を割いて重富郷に編入(地理纂考)。地頭仮屋は東佐多浦村にあり,麓・野町も形成されていた。伝承によれば,野町作りのため伊集院から7軒が移住して来たという。寛政年間の野町の戸数17・人口107。寛文4年の「郡村高辻帳」では7,889石余,安永7年の「三州御治世要覧」では6,670石余。「薩藩政要録」では,地頭島津頼母,郷士総人数557,郷士人体218,所総高6,113石余,郷士高988石余,寺高11石余,用夫497・野町用夫33。「要用集」では,地頭赤松主水,郷士総人数542,郷士人体225,所総高5,761石余,郷士高1,003石余・寺高11石余,用夫466・野町用夫28。「県地誌」では6,168石余。「地理纂考」では,戸数917,人口3,837。明治4年鹿児島県に所属。郡役所所轄は多くの変遷後,明治20年鹿児島郡鹿児島郡役所の管轄下となる。戸長役場は本城村にあった。明治22年当郷5か村は吉田村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463667
最終更新日:2009-03-01




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