ケータイ辞書JLogosロゴ 東江村(近世)


沖縄県>伊江村

王府時代〜明治8年の村名国頭【くにがみ】方伊江島のうち方言ではアーリという伊江島の東半分に当たるかつて城【ぐすく】山を中心に点在した小集落が発展し,ほぼ中央に位置する島中地を境に東西に分けて,東江村・西江【いりえ】村が成立した「高究帳」では,あかるい村と見え,西江村と併記され,畑のみ3,643石「高究帳」で村名が併記されていることから,集落としては1つにまとまっていたと考えられる「由来記」にかつての小集落の名を冠した根所火の神があり,また小字カミケ原の崖下の波打ち際にあるワジ(湧出)はワキリ川と見え,「雨乞ノ時祭所」「但此川,海ニ有」とある拝所が多いため,島にいた5人のノロのうち4人が東江村にいたまた5人のノロを主宰する大ノロが,首里から神祭を司祭するため従者を10人程連れて派遣され,東江村に住んだ大ノロ制度は,康煕5年(1666)島津の命によって廃止され,住居跡は伊江島番所として使用された道光4年(1824)から同7年にかけての飢荒の際,前地頭代東江村の西江親雲上,夫地頭並里親雲上が銅銭を借上げしている(球陽尚灝王26年条)明治8年東江上【ひがしえうえ】村・東江前【ひがしえまえ】村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463740
最終更新日:2009-03-01




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