ケータイ辞書JLogosロゴ 伊江島(近世)


沖縄県>伊江村

 王府時代〜明治41年の広域地名。国頭【くにがみ】方のうち。伊江郡とも書く(旧記)。石高は,寛永6年3,370石余,同12年の盛増で3,643石余,享保12年の盛増で3,777石余(地方経済史料10)。「高究帳」では伊恵島と見え,東江村・西江村があり,畑のみ3,643石。「旧記」にはほかに川平【かわひら】村が見え,計3か村となる。役人は,地頭代が西江大屋子,夫地頭が東江大屋子・大城大屋子,青冠の掟に謝花掟・上地掟・今帰仁【なきじん】掟・川平掟がいて(由来記),大城・謝花・上地・今帰仁などの村もあったと考えられるが,比定は困難である。「由来記」に御嶽・森が9か所,根所火の神が11か所ある。また,尚清王代(1527〜55)に建立されたと伝える照太寺がある。明治8年東江村は東江上【ひがしえうえ】村・東江前【ひがしえまえ】村に,西江村は西江上【にしえうえ】村・西江前【にしえまえ】村に分村。同12年沖縄県,同29年国頭郡に所属。戸数・人口は,明治13年973・4,438(男2,246・女2,192),同36年1,149・5,612(男2,829・女2,783)うち士族38・205。明治36年の民有地総反別1,968町余うち畑1,559町余・宅地55町余・山林27町余・原野320町余(県史20)。同41年島嶼町村制により自治体の伊江村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463828
最終更新日:2009-03-01




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