ケータイ辞書JLogosロゴ 伊江村(近代)


沖縄県>伊江村

 明治41年〜現在の国頭郡の自治体名。伊江島の東江上・東江前・西江上・西江前・川平の5か村をもって成立。旧村名を継承した5字を編成。役場は,はじめ東江上に置かれ,昭和23年からは東江前に設置。世帯・人口は,大正9年1,504・6,958,同14年1,427・6,108。昭和15年1,563戸・6,829人。沖縄戦で,住民は今帰仁村・久志村へ疎開し,戦後生き残った住民は渡嘉敷島へ移動させられた。昭和22年4月から7月に帰住が許可される。ところが,昭和30年代には,朝鮮戦争の影響で,米軍による軍用地拡大のための土地強制収用が行われた。これに対して住民は,土地収用反対の陳情を繰り返し,昭和36年には「伊江島土地を守る会」を結成した。根強い反対運動にもかかわらず,昭和57年の米軍伊江島補助飛行場の面積は8.01km[sup]2[/sup]で,島の総面積の約35%を占めている(沖縄の米軍基地)。基地による被害は多く,昭和23年には米軍爆弾処理船LCTが爆発し,死者102・負傷者73に及んだ(伊江村史)。昭和47年パラシュート降下訓練中の米兵が西小学校へ落下,同51年米軍機からジェット推進補助タンクがサトウキビ畑に落下,同52・53年には演習用模擬爆弾が落下するなど,落下事故が相次いだ(沖縄の米軍基地)。さらに,自分の土地を耕そうとした住民が,軍用地立入りの罪で起訴され,軍の裁判で有罪判決を受けるという事件も頻発している。現在でも早朝から深夜まで演習機の爆音が続き,住民を悩ませている。世帯・人口は,昭和25年1,483・6,530,同45年1,460・5,842,同52年1,512・5,985。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463829
最終更新日:2009-03-01




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