ケータイ辞書JLogosロゴ 伊祖(近代)


沖縄県>浦添市

 明治41年〜現在の字名。はじめ浦添村,昭和45年からは浦添市の字。昭和2年鎌倉芳太郎により村落内拝所や神事の調査が行われた。同9年の農家戸数131うち専業129・兼業2で,産糖高は黒糖2,346挺・白下糖132挺(浦添案内)。同10年伊祖城跡内の拝所を合祀して伊祖神社を造営。同20年沖縄戦当時の当山集落を除く戸数111・人口555,戦争による一家全滅19戸,181人が死亡した(浦添市史5)。同22年他地域に先んじて,仲間の仮収容地区より旧居住地に移動の許可が出る。同年一部が当山となる。琉球政府立法105号による土地調査法に基づき,同38年筆界確認の土地測量を実施。同44年には公民館兼青年会館が完成し,自治会活動が盛んになる。同46年市内初の地主組合による土地整理事業を地内南東地域に施行。同47年,国道330号(バイパス)の建設に伴い浦添貝塚が県史跡,伊祖の高御墓が県文化財に指定される。市の区画整理事業により,昭和50年代以降はベッドタウン化が著しい。同59年一部が牧港2・3丁目となる。世帯・人口は,昭和45年344・1,511,同52年1,022・3,898。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7463880
最終更新日:2009-03-01




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