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沖縄県>国頭村

 明治41年〜現在の国頭村の字名。明治43年分教場が奥尋常小学校として独立,のち奥小中学校となる。昭和23年度共同店を再建(国頭村史)。耕地は山地開発によって広げられ,同55年の「農林業センサス」による経営耕地面積は畑71.4ha・樹園地20.7haで,サトウキビ・パイナップル・茶などが栽培されている。茶の栽培は,昭和4年頃から始まり,山地を切り開いて徐々に面積を増やし,同49年新たに製茶工場を建設。同56年には栽培面積13ha・年間生産高49tと県内最大規模に達し,県内外に出荷。昭和53年集落西方の丘陵地に奥山地区農地開発事業が進められ,茶畑27.8haの造成が行われている。また同56年からは,集落北西部の世波【ゆなん】崎内陸部と東方の赤崎内陸部に,山原【やんばる】第2畜産基地建設事業が始まり,合計174haの土地基盤整備が進行している。人口は,昭和25年1,296,同35年881,同45年388。同52年の世帯95・人口378。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7464056
最終更新日:2009-03-01




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