瀬良垣(近代)
明治41年〜現在の恩納村の字名。沖縄戦で住民は,ウシノマーチ・タカビラ・ナグ山に避難し,昭和20年5月20日には石川収容所や羽地村などに収容されたが,同年9月20日には旧地に戻っている(恩納村誌)。同21年瀬良垣屋取が行政上分立したが,地籍は未分離のままであった。前喜原の岬一帯には,同42年に大規模な観光・宿泊施設を兼ねた万座ビーチホテルが建設された。世帯・人口は,同45年73・397,同52年116・604と増加の傾向にある。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7464513
最終更新日:2009-03-01