ケータイ辞書JLogosロゴ 勢理客村(近世)


沖縄県>浦添市

 王府時代〜明治41年の村名。中頭【なかがみ】方浦添【うらそえ】間切のうち。「高究帳」では,ぜっかく村と見え,高頭92石余うち田43石余・畑49石余。小湾川に架かる勢理客橋は,古くから石橋であったようで,康煕18年(1679)に修理されたが,同30年に洪水で大破したため,大改修工事が行われた(勢理客橋碑文)。乾隆6年(1741)には再び洪水で大破したため,同8年に改修工事が行われた(重修勢理客橋碑記)。冠船渡来の際は,島津の在番奉行らが城間【ぐすくま】村に移ったため,勢理客村内には小屋を置き,昼夜中国人の出入りを見張る番人が詰めていた(支那冊封使来琉諸記/浦添市史2)。御嶽にコバ森,殿に勢理客殿があり,中西ノロの祭祀(由来記)。樋川とも呼ばれる勢理客泉がある(旧記)。明治12年沖縄県,同29年中頭郡に所属。明治6年の松島親方の作得は11石余(県史14)。同13年の勢理客掟の役俸は米1石余・雑穀1石余(県史12)。同26年の「石高村別台帳」では百姓地75石余・請地29石余・仕明地2石余で計107石余,惣頭は30人(浦添市史2)。戸数・人口は,明治13年56・261(男124・女137),同36年76・350(男169・女181)うち士族36・174。明治36年の民有地総反別52町余うち畑32町余・宅地2町余・山林5町余・原野12町余(県史20)。同41年浦添村の字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7464516
最終更新日:2009-03-01




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