ケータイ辞書JLogosロゴ 釜口村(近世)


兵庫県>東浦町

 江戸期〜明治22年の村名。津名郡のうち。もと豊臣氏蔵入地。慶長15年池田忠雄領,元和元年からは阿波国徳島藩領。村高は,「郷帳下書」691石余,「天保郷帳」911石余,「旧高旧領」1,928石余。なお,この村高には浜方の釜口浦を含む。「味地草」では同浦を含む高1,580石余,古くは2か村であったと思われ,寛永4年には釜口野田村・釜口里村の名が見える。当村は小井・野田・上畠・里の4牓示に分かれる。寺院は日蓮宗妙勝寺。かつて大覚大僧正が淡路島に来島して日蓮宗を広めたといわれ,当地にその墓がある。海岸近くの高台三立崎は,足利尊氏来着後は御太刀の字を用いたという。同所に八幡神社がある。地内鍛冶屋谷は,京都粟田口から来たという刀工が居住した。ほか淡路西国29番札所清水寺・同30番札所月山寺もある。明治10年頃釜口浦を合併。同22年市制町村制施行により単独で自治体を形成。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7617136
最終更新日:2009-03-01




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