ケータイ辞書JLogosロゴ 阿土熊野保(中世)


広島県>熊野町

鎌倉期に見える保名安芸国安南郡のうち太政官御祈願所領鎌倉中期頃と推定される年月日未詳の小槻有家申状に「御祈願所領安芸国阿土熊野保ハ,朝治か⊏⊐(曽祖)父広房,文治四年ニ本領主貞宗か寄文を得て,多年知行,建久七年ニハしめて宣旨を申下し候」と見え,大宮流の官務小槻広房が文治4年に本領主貞宗の寄進を受け,建久7年に宣旨を得て成立したとするただし,壬生流の小槻有家は大宮流の小槻永業の子孫相伝の地とする主張には疑問を抱いている一方,文永6年前後に作成された官中便補地由緒注文案には大宮流相伝の地として掲げられ,当時仙舜が知行していた文永10年3月19日の勘解由次官藤原高朝奉書によれば,西隣の開田荘と紛争を起こして開田荘の雑掌に訴えられており,同年3月21日小槻有家がそれに対応している(壬生家文書)なおこの時は「阿土熊野庄」と記されている保域は,現在の安芸区阿戸町と安芸郡熊野町を含んだものと思われる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7617622
最終更新日:2009-03-01




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