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- 大田里(古代)とは
「大田里(古代)」の関連ワード⇒ 赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
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![]() | 大田里(古代) 奈良期に見える里名新川【にいかわ】郡丈部【はせつかべ】村のうち古代条里制の里名天平宝字3年11月14日の「越中国諸郡荘園惣券第一」(東南院文書/大日古18),および同時に作製された「同国新川郡丈部開田地図」(同前)に「十六条大田里」の名が見えるまた丈部荘の四至を見ると,同里は「箕田里」「高市江」とともに南の境として記されている現在地は不明だが丈部荘を入善町じょうべのま遺跡と結びつける説や立山町寺田周辺にあてる説もある |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
![]() | 大田里(古代) 平安期に見える里名遠江【とおとうみ】国榛原【はいばら】郡質侶【しとろ】荘質侶郷のうち大治4年3月28日の遠江国質侶荘立券文案(東大寺図書館本宗性筆唯識論第5巻問答抄紙背/平遺2129)に所見大田里は12町4反の面積で坪付も,2・3・4・5・7・8・9・10・13・14・15・16・17・18・19・20・21・22・23・24・25・26の坪が見える現在の金谷町大字志戸呂付近と思われるが未詳... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」