全訳古語辞典 暮らしと文化 58 源氏文字鎖【げんじもじ】 『源氏物語』はさまざまな形で享受された。その一つに巻名を七五調のしり取りでつづった文字鎖がある。室町時代後期の歌人で古典学者の三条西実隆(さんじょうにしさねたか)の作とも伝えられる。若菜の上下巻が一括され、巻名だけで本文のない雲隠(くもがくれ)巻が入っている。源氏のすぐれて優しきははかなく消えし桐壺(きりつぼ)よよそにて見えし帚木(ははきぎ)は我から音(ね)に鳴く空蝉(うつせみ)や休(やす)らふ道の夕顔(ゆふがほ)は若紫(わかむらさき)の色殊(こと)に匂ふ末摘花(すゑつむはな)の香に錦と見えし紅葉賀(もみぢのが)風を厭ひし花宴(はなのえん)結びかけたる葵(あふひ)草賢木(さかき)の枝に置く霜は花散里(はなちるさと)の時鳥(ほととぎす)須磨(すま)のうらみに沈みにし忍びて通ふ明石(あかし)潟頼みし跡の澪標(みをつくし)繁る蓬生(よもぎふ)秋深み水に関屋(せきや)の影映し知らぬ絵合(ゑあはせ)面白や宿に絶えせぬ松風(まつかぜ)も物憂き空の薄雲(うすぐも)よ世は朝顔(あさがほ)の花の露ゆかり思ひし少女(をとめ)子がかけつつ偲ぶ玉鬘(たまかづら)らうたき春の初音(はつね)の日開(ひら)くる花に舞ふ胡蝶(こてふ)深き蛍(ほたる)の思ひこそそのなつかしき常夏(とこなつ)や遣水(やりみづ)涼しき篝火(かがりび)の野分(のわき)の風に吹き迷ひ光曇らぬ行幸(みゆき)には花もやつるる藤袴(ふぢばかま)真木(まき)の柱(はしら)は忘れじを折るる梅枝(うめがえ)は匂ふやと解けにし藤(ふぢ)の裏葉(うらば)かな何とて摘みし若菜(わかな)ぞも森の柏木(かしはぎ)楢の葉よ横笛(よこぶえ)の音(ね)は面白や宿の鈴虫(すずむし)声も憂く暗き夕霧(ゆふぎり)秋深み御法(みのり)を悟りし磯の海人(あま)幻(まぼろし)の身の程もなく雲隠(くもがく)れにし夜半(よは)の月聞く名も匂ふ兵部卿(ひゃうぶきゃう)移ろふ紅梅(こうばい)色深し忍ぶ節なる竹河(たけかは)や八十(やそ)宇治川の橋姫(はしひめ)の逃れ果てにし椎本(しひがもと)共に結びし総角(あげまき)ははかなくもゆる早蕨(さわらび)ももとの色なる宿木(やどりぎ)や宿り尋(と)め来(こ)し東屋(あづまや)の後の名も浮舟(うきふね)のうち契りあだなる蜻蛉(かげろふ)を己(おの)がすさみの手習(てならひ)は果てぞゆかしき夢(ゆめ)の浮橋(うきはし) 東京書籍「全訳古語辞典」JLogosID : 5113480